現代に生きる私たちにとって

おならをすることは大変恥ずかしいものですが

昔の人たちももちろん恥ずかしいことで

まして、有名な人にとってはなおさらのことかもしれません。

こんな、エピソードが有ります。

作家の太宰治は「富嶽百景」という短編小説なのかで

甲州の三ッ峠を井伏鱒二と登頂した際に

井伏鱒二がおならをしたとして小説に書いてしまいました。

問題の表記 

とかくして頂上についたのであるが、

急に濃い霧が吹き流れて来て、頂上のパノラマ台という、

断崖の縁に立ってみても、いっこうに眺望がきかない。

何も見えない。

井伏氏は、濃い霧の底、岩に腰をおろし、

ゆっくり煙草を吸いながら、放屁なされた。

いかにも、つまらなそうであった。

富嶽百景 太宰治

井伏鱒二はそんな覚えはないと反論をしました。

ところが、太宰治は証言を披歴し、「茶屋の店主も見て笑っていた。」と反論するにいたり

太宰治と井伏鱒二の屁をした、していないの、論争になりました。

真相は霧の中のまま、

2人の文豪は世を去ることになりました。

文学史に残る人も

真面目に論争するほどおならというのは恥ずかしかったのかもしれません。