7世紀前後の日本の古代都市である藤原京や平城京では、厠がトイレとして使われて排泄物は道路の側溝に流されました。

飲料水は井戸水に頼っているので、側溝から土に染み込んだ赤痢菌などが飲水に混じりしばしば下痢が流行しました。

当時の都市は、汚臭が漂う非衛生的な都市でした。

時代が下り江戸時代、当時の江戸は人口100万と言われ世界でも有数の巨大都市でした。

飲料水は、井戸水では賄えないため多摩川上流の羽村から延長43キロにも及ぶ玉川上水を作り江戸の市民の飲料水を調達しました。

糞尿の方は、汲み取り便所から肥桶を使い郊外へ運び畑に肥料として使用されました。

糞便中の有機物は土中の微生物によって無機物に分解され、無機窒素、リン酸塩、カリウム等植物の成長に欠かせない肥料としてリサイクルされていました。

何故、日本にだけこのリサイクルの流れが成立したかというと日本では杉の木が大量に供給されており糞便を運ぶ容器として肥桶が安価で大量に供給されてたからであると考える科学者もいます。

一方の産業革命時のロンドンでは、下水は臭気が出ないように暗渠に流されました。日本では建造物に石を使いアーチを作る技術が無かったため下水道は発達しませんでした。

逆に江戸は汲み取り式の便所であったため海が糞尿で汚染されず魚介類が生で食べられる為江戸前寿司など清潔な文化が生まれたとも言えます。